※R2 直前空白の1年の捏造話&22話くらい





「軍務で偶然こっちに来ることになったから、君の顔を見に来た」
 昨晩、そう言って連絡もなく突然訪れた友人。ルルーシュは久しぶりの再開を純粋に喜んだ筈だった。
 ルルーシュ=ランペルージの親しい友人。ブリタニアの軍人で、名誉ブリタニア人でありながら、ブリタニア皇帝直属の騎士ナイト・オブ・ラウンズに選出された傑物。
 記号のような記憶だが、疑問には思わなかった。

 床を見回しても、塵ひとつ落ちていない。だが、昨晩あったことは確認済みだった。そう、スザクが立ち寄るまで、ルルーシュは弟と一局さしていたのだから。
「兄さん、どうしたの?探しものなら僕も手伝うよ」
「ありがとう、ロロ。大丈夫だ。なんでもない」
 テーブルの下、膝を付いている姿をいぶかしんだ弟が心配そうに聞いてくるのに、ルルーシュは慌てて立ち上がると、安心させるように笑みを作って答えた。
 正直に言うことを躊躇われたのは、自分が確信している為だろう。そして、理由がわからないため困惑していた。相手の気質からは絶対に考えられない行動。『どうして』という疑問ばかりが頭を過ぎる。
「兄さん、顔色が悪いよ。生徒会は僕が代わりに出ておくから、今日は部屋で休んでて」
 演技ではごまかし切れなかったらしい。自分の弟は聡明だと、ルルーシュは関係ない考えで思考を紛らわせた。
「そうだ。…スザクさんから手紙が届いてる。昨日会ったばかりなのに変だよね。それに中に何か入っているみたいだけど」 
受け取った手紙の中の固い膨らみに、その形状にルルーシュははっとした。
「どうしたの、兄さん?」
「いや…、何やってんだあいつは」
 スザクの手紙には盤上から失われた黒のキングが入っていた。





 世界をチェスの駒のように白と黒に分けることはできない。

 だが、人はどちらかを選び、選ばされ、争い殺し合うのだ。
 中庸などという立場は誰にも許されてはいない。
 そんな色はない。

 弱い者は盤上から消えゆく運命。
 だが例えキングでもポーンに殺されることがあるのが勝負というもの。
 相手の色が己と違うなら、斃すのを躊躇ってはいけない。

 ルルーシュは、チェスの盤を見つめ、黒のキングを手に取った。
 頭上に掲げるのが処刑の刑具とは最高の皮肉だ。
 全ての罪の贖いを架せられるのが王のさだめとでもいうのか。

「お前、壊すつもりだったんだろう?」
「…何の話でしょうか」
 脈絡のない問いかけに、気息を断ち黙して後ろに控えていたスザクが固い声音の敬語で返してきた。
 ブリタニア最後の皇帝ルルーシュ=ヴィ=ブリタニアの騎士にして、騎士の一人としてカウントされることを拒みゼロという数字を選んだ男。

 チェスの駒と違い、人は己の色を選ぶことができる。
 途中で変えることも。
 望むと望まざるとに関わらず、変えられることもある。
 駒の色は変えられないが、人の色を変えることは可能だ。
 ルルーシュにはギアスという人ならざる力がある。

「昔の、オレもお前も甘かったという話さ」
 そう言って黒のキングを目の前まで持ち上げ掲げれば、気付いたのだろう眉間を寄せる。
「ルルーシュ、君はもう黒のキングじゃない」
「そうだ。お前が白のナイトではないのと同じようにな」
「ああ、僕はもう何かを壊すことを躊躇いはしない」
 ルルーシュは手の中で玩んでいた黒のキングを、放り投げる。
 宙で弧を描いたそれは過たず白のナイトを盤上から弾き飛ばし、共に盤外に散った。





『白と黒』 2008/09/22
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